青年よ、少女と共に荒野に繰り出せ-駆け出し音楽プロデューサーと学ぶプロデュース学-

以前はお前のような優秀なプレイヤーだったが膝に矢を受けてしまってな

”茜色の魔法”と境界線の認識論ーボカロPハヤブサの1stアルバムがやばい!

http://vocadb.net/Album/CoverPicture/18079?v=3

【パッケージ名】 茜色の魔法

【アーティスト名】 ハヤブサ

【発売年】2016年

収録曲

1.茜色の魔法

2.がらくたの僕に

3.名もなき星屑

4.星屑オーケストラ(Remaster)

5.常闇の夜に

6.ナナイロハナ

7.それでも僕らは

8.サヨナラザクラ(Remaster)

9.ムゲンノツバサ(Remaster)

10.等身大の未来

 

 

アルバム評価

【音楽】

  ジャンル メロコアを混ぜた青春系ギターロック

  メロディーのキャッチ―さ ★★★★☆

  アレンジの変態性 ★★★☆☆

  技巧性 ★★★★☆

系統としてはsupercell的青春セツナアレンジ×メロコアギター×WANDS的90年代メロディーといえばわかりやすいか?

 

【歌詞】  

  わかりやすさ ★★★★☆

  含蓄 ★★★★☆

【その他】

  アートワーク ★★★★☆

 総合評価 89点 

クリエイター紹介

ハヤブサというボカロPまたはFalconectという同人サークルを知っているだろうか?

彼は2014年12月31日にキミスペクトルでボカロPとしてデビュー

www.nicovideo.jp

 

その後メロコア系ギターロックを青春系ポップスに昇華して知名度を急上昇させており、そして最新作の星屑オーケストラでは10万再生の大台を突破した新進気鋭のボカロPである。

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そして先立つ4月24日に音楽同人即売会M3で10曲入りの初アルバムを発売したわけだがこれがとんでもないクオリティなのである。これ時代が時代ならsupercellとかkemuみたいな売れ方してたぞ。

 

・・・なんでプロデュース論を勉強してた学生がこんなレビュー出してるんだよ、と思った人は正しい。プロデュースやる前にとあるコンペで知り合って(あの時は彼もボカロPでなかったかもしれない)それ以降ことある度に家で作曲談義に花を咲かせていた仲である。いつものようにM3でCDを買ったわけだが度肝を抜かされたのでTwitterに書ききれなくなり感動の勢いをそのまんまタイピングしている。気が向いたら彼のプロデュースの在り方についても書いてみたいとは思っているが・・・

 

まずアートワーク、これがまたすんばらしい。イラストはデビューの時から一貫して桜木蓮さんという人が担当している。彼女(?)は目元を中心にビビットカラー書く事が多いが今回はそれを封印している点が推せる。それとwebとか映像担当のまつらい君。彼とも前述のコンペの際に知り合っているわけだが彼の存在感はfalconectだけでなくボカロ映像界隈でも大きいものだと感じる。

 

アルバム全体のコンセプトがずいぶんと練られているのが今回感動した大きな理由であるが、一言でいえば人生においての様々な境界線の在り方。そんな壮大な物の一部を感じ取った。

このアルバムは多分であるが殿堂入りした星屑オーケストラを中心に据えつつも今までの楽曲を詰め込み新しい解釈に挑んだものなんだろうと思う。この中に最初期の作品であろうココロノトモシビが入っていない事を考えると確信犯的である。

 

収録曲それぞれのレビュー

 

表題曲の”茜色の魔法”は乱暴かつ簡単にいえば結婚してしてまう元カノへの未練の歌。未練を断ち切ったように見えてラストでAメロを繰り返して「やっと言えるよ「ひとつになろう」と 今、僕は幸せです」と来た時、実は略奪愛の歌だと気が付いた。(もしかしたらこれは空想なのかもしれない

「君を連れ去る魔法が解けて消えちまえばいいのに」の一言に言いたいの半分が詰まってる。Bメロの世界観の膨らませ方とそれに対応したアレンジの妙が映える。

 

”がらくたの僕に”はハヤブサ流のodds&endsなのかもしれない。繋がっているといいつつも決定的な壁を認識している点、どこか死の匂いを漂わせている点が他の”ボカロ今までありがとう曲”と一線を画している。これは二次元と三次元の境界の濃さをそれぞれの視点で表現しようとしたこころみなのか?

 

”名もない星屑”はインスト曲で星屑オーケストラのサビをピアノソロにアレンジしたもので次の曲およびアルバムの核に向け一気に涙腺を揺さぶる配置になっている。

 

”星屑オーケストラ”はやっぱりハヤブサの”らしさ”を全て詰め込んだマイルストーン的曲になるであろうと想像する。全体に流れる夏の終わりを彷彿とさせる爽やかかつ切ないアレンジ、ここに来て前述の死の匂いは一層濃厚な物となってくる。

この曲の作曲背景も知っている上で語ると、この曲にある爽やかな曲と重たすぎる歌詞のギャップをこうも逆手に取ってきたかと脱帽せざるを得ない。変態的転調の多さ、仕掛けたっぷりな変拍子、濃厚コテコテに練られたアレンジに底力を感じる。

 

”常闇の夜に”はもともとインスト楽曲で、これをリアレンジしたものだ。WANDSみたいな90年代風バラードのオリジナルに歌がはいるとこれまた90年代臭が臭くて堪らない。歌詞はやっぱり死の匂いが濃厚。しかしながらどちらかというと死の悲しみからの復帰といった方がよいのではなかろうか。

「常闇の夜に明日が見えなくても信じて待ってる おかえりって君に言う日を」というサビと、終ぞそれが叶わなくなってそれでも明日を非情さと意志の強さに泣ける一曲。

 

”ナナイロハナ”はPCゲームの主題歌らしく作詞が丸山美紀vsとむ少佐なる人物が担当している。「なななな♪ナナイロハナ~」からはじまる中毒性はさておき歌詞が90年代PCゲーム。音楽構造というと随所にハヤブサ流のもがきを感じる。サビ前の強引な転調サビ7小節目のフック的転調が気持ちいい。

 

”それでも僕らは”はポリリズムを活かした宇宙的なインスト曲。あ、こんど付点8分ディレイとかポリリズム使ったら全部宇宙的って書きます。民族調シンセメロとギターの荒々しさの対比が気持ちいい。

なんというかSFゲームの草原と戦闘シーンといえばサルでもわかるのではないか。ただ欲をいうなら毛色の違うナナイロハナと順番を交代したほうがいいと思った。

 

”サヨナラザクラ”は一言でいえば町を出ていくきみとの別れの歌。以前1stシングルに入っていたもののリマスターだ。しかしながらアルバムを通して聞くとここでの別れが意味するものもより深刻なものに置き換わる。ラストサビの爆発力は一見の価値あり。

 

ムゲンノツバサはヴォーカルをGUMIに変更しただけでなく以前のバージョンより音像の奥行きを施したミックスをしている気がする。耳が痛くなるような高圧縮マキシマイズが多い中この曲は比較的聴きやすい。

ラストサビが四つ打ちになる伝統はここからか。歌詞はラス前にふさわしくとことん前向きで個人的には鳥人間コンテスト的。アルバムの中ではナナイロハナと同様異質な存在ではあるが、昔の(本来の?)ハヤブサが帰ってきたといえようか。

 

”等身大の未来”はドラムのグルーヴの良さが光る00年代的ファスト三拍子バラード。等身大の未来とはいいつつも夢を捨ててやぶれかぶれな意味の等身大なので、アルバムに登場する魔法や奇跡といった他力本願な空想からの卒業を意味している。他の曲と違い無機質な情景描写で急に現実に引き戻される。

「それは魔法みたいな奇跡じゃなく平凡な僕らが紡ぐ未来」という歌詞で、私は重苦しくも空想的な世界観から気持ちよく現実世界に戻ってくる事が出来る、いわば卑屈な自己否定に見せかけた空想の否定を行っていることがミソである。アルバムの世界観の否定を最後の最後に持ち出すこのセンスには脱帽した。

 

全体を通して

茜色の魔法は間違いなく名作だ。個々の曲も素晴らしいがすべてを通して聞いたときのテーマ性の高さに非常に驚く。特に茜色の魔法という言葉の意味の深さは全てを聞かなければ理解が出来ないだろう。表題曲ではただの舞台装置としての朝焼けの茜色であるが、それは導入の為のフックでしかなくアルバム全体で現れる茜色というのは昼と夜の境界線、つまりは絶対に交われない境界線を表す色なのだ。時には状態の境界をまた或る時は次元の壁を、そしてある時には生死の壁すら超えようとする。

それはまさしく魔法のようなものである。しかしながらそれは空想の上でしかなく、超えようともがくたびに境界線の認識は色濃くなっていく・・・このようなパラドックス的要素を一つの空想として処理する力、そして最後の最後でこの魔法と空想を否定する事でこのアルバムは完結する点が近年のアルバムにはないメッセージ性の強さを示している。

知り合い(戦友?)のアルバムを買ったつもりが今年一番の傑作に出会った気がするので同人音楽アルバムはなめてかからないようにしようと決意しました・・・ 

 

読み返して思うのは、感情の赴くままここが感動したって書こうと思ったのに癖で論文みたいな口調になってしまった・・・こんな長文クソレビューを読んでくれてありがとう。今度の書評は短く済ませるよ

荒野への繰り出し方序論-武器の選び方編-

個性の調理法

プロデュースする上での武器とは何であろうか?それは個性である・・・なんて言ってしまっては元も子もない。個性なんて人それぞれだしウリにしようとすればいくらでもできる。ここは一言で天性という言葉を使うことにしよう。人間は誰だって天性の持ち主であろう。ここに気が付いてその子の天性を露出させることがプロデュースの本質である。私の専門は音だから音の観点からアイドルを見ると天性の料理方法を少し伝える事にしよう。

例えば高音は出しにくいが光るものを持っている場合。この場合であればサビで真ん中に持ってこさせると同時に彼女の声を前の方に持ってくる。またリズムに難があるならばリズムにとやかく言わないCメロとかにソロを持ってくるのが正解だ。ここまでは誰でも出来るが、もう一つ重要なのはグループの色だ。人は個人でいる場合とグループでいる場合で個性の出し方が違う。要は個人とグループそれぞれの色の作り方を考えつつどっちにも着色不備が出ないように気にかけなくてはいけない。

 

自分の事はスパイスだと思え 

売り出すあなた自身が主役面をすると一気に白ける。世のボカロPはみんながみんな主役面をしたせいで業界が衰退、荒野と化してしまったわけだ。本来の主役が置き換わると構造的不備に陥るので頼れる後方支援という戦術を取ろう。ではプロデューサーはどんな立ち位置で振る舞えばいいのか。端的に言えばスパイスだ。これは音楽Pでなくても同じことが言える。正直代役はいない事はないが、いなくなってはつまらない。こんな感じの振る舞い方をすると大抵次の声がかかる。

もう一つスパイスとなる部分は商品・または売り出すアイドル自体だ。事につけアイドルというのはショーケースに入ったマネキンのような見せ方をする。アイドル自身は服を着たマネキンであるとして我々のすべきことは小物を配置する、ポーズを決める部分にあたる。私たちの出来る事は大してないかもしれないが、見せ方次第でマネキンはいかようにも変化する。それが周りと少し違うのであればもう我々の勝利待ったなしだ。

 

立ち位置はわかった。さぁ武器を選べ 

武器の選ぶうえでの立ち位置はある程度分かった所で次に武器選びに走ろう。

戦う上で欠点を補うような武器を選んではいけない。ロールプレイングと違うのはここだ。正直な話、歌の下手な人が死ぬ気で練習して上手になったところで素人から見たらだから何?とそっぽを向かれる事は容易に想像できる。それよりもわかりやすい特徴を捉えてそこを伸ばせば一流になる可能性を秘めている。

次に属性にこだわるなという点である。前に鉄道系アイドルとかはんなり京都アイドルとかスク水で踊るアイドルを見た話をしたが、これらは属性に頼っているとしか想像が出来ない。どんなに楽曲がよかろうとどんなにプロデュースに成功しようとニッチな業界のなかで堂々巡りを続ける以外に生き残る道がない。それよりかは会いに行けるアイドルとか週末ヒロインとか属性に頼らない路線で打ち出しておく方が延命しやすいのである。

最後に長く使える武器を選べという事。ファンや顧客は往々にして変化を嫌う。会いに行けるアイドルが会いに行けない、週末ヒロインの週末が無くなったなんて事態になれば路線の変更を余儀なくされる。音楽にとってもそうで、今まで好きだったアーティストがいきなり路線変更したとしたら私は見切りをつける。多分みんなそうだろうと思う。それゆえに第一に気にすることは前任者がどういった路線を打ち出していたか、または前の曲はどんな流れだったかなどをより深く理解する、そして要素を分析して取捨選択、自分の要素をちょろりと加える事を音楽の文法としてかなり重要視すべきなのだ。

これら全ての要素に絡んでくるのは妄想力と洞察眼だ。実際に動いているところを妄想するもよし、歌っているところを妄想するもよし。ちなみに私はオタクがライブ会場で初見で聴いたときの反応を常々妄想している。それと妄想をより現実に近づけるために洞察眼も持つべきである。会場にいるオタクはなにを目当てしているのか、この内容を見せた時どのような反応をもたらすのか、そういった部分を洞察しながら妄想の世界を具現化するのだ。

荒野への繰り出し方序論-戦場の選び方編-

プロデュース激戦区、アイドル

 

プロデュースの世界は正直言って激戦地である。バズりだしたら止まらないが炎上し始めれば負のベクトルに容易に傾く。それと人の興味なんてものは30秒で移り変わるものだ。コアなファン層でない限り10分も同じことを考えるのは、ましてや1500円のグッズを買わせる事は不可能である。ゆえにプロデュースの醍醐味はコアなファン層を作る事にある。

あなたは丸腰のまま戦場に赴くのだろうか?どんな世界なのか、敵の武器を知らないまま白旗上げつつ特攻するのか?それは一言でいってアホ of the アホである。たまに独特の世界観がウリですなんてアーティストがいるが、独特さ100%で売り出して成功した人間は今まで一人たりともいないはずだ。どんなに自分にとって最高の出来栄えであっても売り出し方一つ、市場のニーズ理解で世界は変わってくる。自己啓発の言葉を借りるのは癪だがクリエーターなんて呼ばれている人の大半はイノベーションなんてしていないと感じる。マーケティングの理屈を理解して、数ある商品の中で他との差異をちょこっとだけ入れているに過ぎない。では私たちが持つべき武器とは何だろうか?

 

冗談じゃないミシノレさん!

冗談じゃないんです。ほんと。私がプロデュースしていた音楽の世界ってもう飽和状態もいいところ。正直なところ姫路城の石垣くらい入り込む余地なんかありゃしません。いままで沢山の”クソうまいバンド”を見てきました。涙が出るくらい素晴らしい歌を歌うタレントも見ました。でもなぜか表の世界には飛び出てこない。何故かって?うまさなんて素人からすればただの記号だから。変態系プログレバンドのつもりで出てきたゲ〇の極み乙女だって結局のところポップ性アイコン性を持たなくては生き残れないわけだ。サカ〇クションは新しい音楽をやるという”アイコン”、セカ〇ワはとことんファンタジックなアイコンとして生きるほかこの世界で目立つ、つまりは生き残る事は不可能なのだ。(けして上記のバンドが嫌いなわけじゃない、むしろライブに行ってDVD買うくらいに好きだ)

アイドルの世界も一緒で、年間3000を超えるアイドルが誕生しては1年以内に半分解散3年以内に8割自然消滅していると私は思う。根拠は?ただの直感だよ。根拠がほしければコンサル会社を雇ってくれ。でもこの直感が正しいと思う。地下アイドルはこの中でのし上がるか、事務所にヨイショされなければ引退までずっと同じ舞台同じ客層同じ世界をグルグル回らければいけない。ゆえに彼女ら地下アイドルっていうのはコンセプトをウリにして他のグループと差異を作ろうとしがちだ。例えば昔見たアイドルでは電車をコンセプトにしたアイドル、はんなり京美人をモチーフにしたアイドル、スク水で舞台を駆け回るアイドル(感電しないか心配で見てられなかったよ)などなど。コンセプトはいいんだがこれって範囲の拡大にかなりの難がありませんかね?どんなに有名になったとしてもキャンペーンガールか市役所のお祭りに呼ばれるのが関の山じゃないか。彼女らに足りないものは一言で言ってアイコン性である。過激さをみるなら上には上がいるしキャッチ―さを求めるともう敵は10000を超えると思う。

さて話を本題に戻そう。このレッドオーシャン状態の音楽ひいては世の中のありとあらゆる物事で差異を見つけ出すのは非常に困難、というかほとんど無理な市場である。じゃあなんだ、あきらめろとでもいうのか。そうとはいってない。ただ惰性で生きたくないのなら取るべき道は一つである。誰もやったことのなさそうな世界でてっぺんを取れ。

 

スライムにロトの剣で切り付けるという事

誰もやったことのない世界ってなんだよと思ったあなたは常識人だ。なんにも間違ってない。頭を使えば大抵の事は想像できるしググれば先駆者の情報が見つかるはずだ。だが多分あなたの持っている想像や、妄想の世界にはもう一回変身する余地がある。まるで倒したと思ったフリーザがもう一個変身したり、りゅうおうが変身したりと。やったはずのものにもう一段階妄想を加えてみよう。

私が考える例はこんな感じだ。2010年代はアイドルグループが飽和して地下アイドルは入れ食いだ。特に我々ペーペーな作曲家であっても曲の絶対数が足りないのだから存分に甘い汁を吸うことはできる。だがそれはいつまで続くだろうか?売れないプロ作曲家や人気ボカロPとかが市場の衰退とともに大挙してこっちに来る可能性は容易に考えられる。そうなってしまえばブランドのない我々は死ぬしかない。弱肉強食みたいなもんだ。しかしながら最近アイドルアニメが流行ってきた。しかも運営が株式会社じゃなくて自分達だけでやってる系か。多分これからスクールアイドルっぽいふれこみのアイドルが誕生するかもしれない。高校生のアイドル活動は制約が多いから大学生、それも大きい大学の・・・ktkr、この世界はブルーオーシャンだ。てっぺんにまだ人はいない。

こんな理屈で今はユニドルという界隈のアイドルと接点を持っています。このフィールドはまだ3年も歴史がない、だけどここでオリジナルをやっているところは少なく尚且つパイオニア的存在になる余地がある。学生のうちに音楽を作る、プロになるやつはいるが学生のうちに音楽プロデュースに関わる人間は大していない。そういう意味でもパイの奪い合いをする市場から一歩離れた世界を見る事が出来るのだ。

 

今、ユニドルはアツい。これから戦う相手は学生だ(もちろん私も学生だ)。今アイドル市場で手練れた専業プロ相手に少ないパイの奪い合いに参加させられるよりもこの世界のパイオニアになった方が何倍もいい。音楽業界に殴りこむのはアレフガルドにレベル1で放り込まれるようなものだが、ユニドルとか新しい世界はラダトームの町から出た直後のような、ある種の荒野なのだ。もしあなたが最強の武器を持っていると信じて疑わないならアレフガルドでコテンパンにされるよりもスライム相手にロトの剣で切り付けてみるのはどうだろうか?あなたが信じるかぎりあなたの中では木刀だって最強装備になる。

青年よ、荒野に繰り出せ

自己紹介

初めまして、私はしがない若手プロデューサーのうちの一人です。今現在は大学生をやりながらアイドルの楽曲プロデュースをしたり小規模な劇伴を作って東奔西走の日々を送っています。プロデュースといっても世の中にはサインをするだけでプロデュースと言ったり、全部やったのに手柄を全部横取りされたりと様々なプロデュースの定義があります。このブログでは、私が体験したプロデュースの試行錯誤を広く世の中に伝えるべく世の中のプロデュースと言えるもの全てを取り扱いたいと考えています。でも、根はただの音楽狂いなので音楽、特に電子音楽、アイドル、ポップスの楽曲制作に関するプロデュースで一杯になっちゃうんだろう。

 

プロデュースってのはなにもアイドルとか音楽に限った話ではなくていかなる状況でも使える技術だと思うんだ。というのも例えば就活。君は自分自身を限られた面接時間の中で売り込まなくてはならない。それも面接官のタイプに合わせてプリズムのように七変化を狙うのだ。これを実践している人間は社会に一度出て営業職のトップを経験した人間かプロデュースのプの字を知ってるやつしかいないだろう。あとは営業職もそうだ。みなまで言わないが売り込むものが自分自身から商品に変わった分就活よりも幾分か難しいと思う。だから音楽に興味のないそこの君ももしかしたら優良な知識がwられるかもしれないから少し他の記事にも目を通してもらえると嬉しい。

 

長々とした前置き前置きはこれくらいにして、このブログを開設した意図と目的について簡潔に、そのあと簡単な経歴の説明をして今回の記事を閉じさせてもらうとしよう。初めて読んでくださったかたはこの後の文は三文ゴシップのように読み飛ばしていただいても構わない。

このブログの意図と目的

このブログを開設する前に私はTwitterで日常と音楽とプロデュースについてつらつらと書いていた(@326_e 三篠ミシノレという名義で今も生きているぞ!)わけだがどうにもタイムラインの濁流に流されてしまって読み返すことが難しい。ちょっとした講釈を垂れても150字のリミットには収まらない、かといって連続ツイートは頭の湧いた人に見えてしまう。まぁもともと頭が湧いているから後者の問題はどうでもいいけど、何か見やすい形にしていつかプロデュースに目覚めた子の10分の暇つぶし講義になってくれれば幸いだと思ってこのブログを開設する事にした。このブログの目的は・・・あ、もう言ってあるからいいか。ようは成功したものについてはここをこう見ると役立つぞ、失敗したについては同じ轍を踏むなと警鐘をならしつつ、この曲あの曲が何故成功したのか分析しようぜ!と広義にわたるプロデュースを語る。

かんたんな経歴

三篠ミシノレの年齢は20代に毛が生えたくらいなのだが経歴だけ見ると正直カオスと言える。けして真似してほしくないし真似しようとすると痛い目を見るぞ。

 

ガキンチョ時代。音楽とは無縁の家族で教養かなにかの一環で兄がピアノをやっていた。音楽にただならぬ関心があったらしく兄のピアノの演奏会には奏者でもないのにちょくちょく顔を出す程度。だが当時右手の親指の関節が満足に動かなかったためピアノ教室には通えなかった。学校では行動派ネクラ。常に音楽準備室の片隅でリコーダーの速吹きを練習する。

中学時代。都内私立中学校に通う。兄貴がヘビメタにはまるのをよそに吹奏楽部に入部。当時音楽を放課後に出来る部活はここにしかなかったねん…そこで顧問の先生が作曲家という事実を聞く。興味本位でmidi作曲をしていたら沼にはまり気が付いたら芸大作曲科を目指していた。無謀である。

高校一年。全日本吹奏楽コンクールに応募するも楽譜のフォーマットが違って見事に落選、同時期某軽音アニメが爆発的ブーム。例にもれずギークな仲間とバンドを組むもライブの観客は親と知り合いの5人だったため即解散、しかし軽音のほうが理論が簡単だし当時のボカロブームに合わせてDTMを始める。

高校二年。DTMの機材が我が家のパソコンでは動かなくなる。買い替えるまで休み。

高校三年。受験生として勉強に明け暮れるが、プロデューサーの出身校を見てると早稲田大学二文って有名人の塊ではないかと勘違い。プロデュース学科でもあるのかと思い入学式に現実を思い知る。

大学一年。宅録少年だった私にバンドサークルは容赦がない。世の手取り足取り教えると豪語してたお手軽系バンドサークルがちやほやするのは女子だけで男子には当然のごとく厳しかった。作曲研究会の門戸を叩こうとしたら隣の会議室で新入生勧誘をしていた下北系ネクラ音楽サークルに半ば強引に拉致。そこで出会った下北系らしからぬメンバーと楽曲制作グループgimmiclampを結成。もちろんライブは一切想定していなかった為に新入生お披露目ライブで酷評of酷評。そのままサークルから全員でフェードアウトしセルフプロデュースの世界へと邁進する。

大学二年。気が付くとビッグバンドの世界にいた。何を言ってるか分からないと思うが自分でもわからない。練習は週6、放課後自転車で片道1時間練習5時間の生活を送っていたが意外にもポップスの理論が使える事を知りjazzにはまる。また気が付いたら全国大会の舞台に立っていた。何言っているかわからない。同時期某文化祭のテーマソングというものの選考に進む。こいつは最近プロへの登竜門とか巷じゃ言われているらしく、ふたを開けてみたら年上のお兄さんばかりでこんな若造がいたところで浮いてたんじゃなかろうか。色々あったがプロデュース業が軌道に乗り始める。

大学三年。プロデュース業が更に幅を広げてジャズっぽい劇伴からテクノハウス、アイドルまでなんというか菅野よう子的になってきた。同時期やっと作曲研究会に入部。ふたを開けてみれば界隈の大物がみんな仲良くお茶を飲みながら音楽議論をするという何ともサロン的空間であった。アイドルに曲を提供し始めてだんだんとこの業界のレッドオーシャン具合と生存戦略を思い知る。結局行きついた先は大学生がアイドル活動略してアイカ(ryをやるサークル、ユニドルという界隈に至る。

 

ここまで読んだ君はよっぽどの暇人かな??

次回からはきちんと音楽とプロデュースについて語るぞ。